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by なにわのにわこ
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病歴。

ニワスケはほんとーーーーに病気をしない子でした。
今まであまり意識した事はありませんでしたが確かに病気をしませんでした。

それなりに病院には行っていたつもりでしたがだいたいが「念の為」でした。

いまさらそれに気がついたのはニワジロウがとにかく病気をするからです。

まず生後一ヶ月で水疱瘡になりました。

これは生後三週間の頃にニワスケが水疱瘡に罹り
新生児には感染しにくいといわれたにも拘らずその二週間後にきっちり感染しました。

水疱瘡に関してはニワスケもとても軽く済み、ニワジロウも5つほど水泡が出来ただけで
熱もなくすぐに治ったのですが「感染しにくい」といわれる生後一ヶ月で罹ったことに
若干のへこみ感はぬぐえません。

コピー (1) ~ DSC_7912
ちなみに水疱瘡の水泡にはこのような白い薬を塗るのですが
まるで修正液のようです。綿棒で塗るというか、水泡に乗せるのですが
一昔前のボトルに入った修正液のように蓋に筆をつけたら便利なのにと
特許出願も考えましたが
衛生的に強烈に難ありだと気がつき、地道に綿棒で塗り続けました。

DSC_7982.jpg
ニワジロウ。ちょっぴりの水泡。この液はすぐに乾かずとれやすいので
赤子には塗る意味が無いように思う。もう少し硬く練ったような形状のほうが
良いように思うけれど…まぁ、考え抜かれた結果でこうなのだろう。


そしてそのひと月後。生後三ヶ月になった翌日に38.3℃の高熱。

その日はなんだか大人しく、お乳の飲みも良くなかったのですが
あまり気にしておらず、逆に大人しくてラッキーとばかりに
夕方から昼寝をしたニワジロウをほったらかして
ニワスケとゆっくりお風呂に入ったりしていたのですが
夜の7時過ぎに起きてきたニワジロウはかなり熱くなっていて
慌てて病院に電話。

生後三ヶ月以内の高熱は要注意なのだそうですがニワジロウは「三ヶ月と1日」
それでもすぐに連れて来てといってもらったので大急ぎで病院へ。

ニワスケは義姉さんが翌日に遊びに連れて行ってくれる約束になっていたので
前倒しでお泊りさせてもらうことになり
ニワジロウは血液検査、尿検査と検査フルコースで
夜中の12時過ぎまで病院にいましたが
取り立てて危険な数値は無いとの事でいったん帰宅。
翌日も受診し、また血液、尿の検査。

ちなみに赤子なので尿検査は「はい、おしっこして~」というわけにはいかず
おちんちんに袋(専用のものがある)を
貼り付けてひたすらおしっこが出るのを待つので
タイミングによってはひたすら時間がかかる。
ニワジロウはひたすら時間がかかったタイプでおしっこ待ちを二時間しました。
にわこもぐったりと疲れるも、この日も特に異常はなく、ただ熱が下がらないので
翌日受診の指示で帰宅。

その翌日も朝から37.8℃で病院に行きましたが病院で測ると36.5℃になっていて
「もう心配ない、帰って良い」と言われ、
三日も連続で高熱で今日こそは入院コースなのではとハラハラしていたので
本当に一安心。

その夜からおなかと背中に発疹。

これってもしや噂に聞く「突発性発疹」では???

ほとんどの乳幼児がかかる「突発性発疹」ですがニワスケはかからなかったので
噂でしか聞いたことは無いのですが調べると特徴はそっくり同じ。

ただ、生後6ヶ月から罹る子がほとんどで三ヶ月で罹るのは早すぎるような???
でも三ヶ月で罹った子のブログも複数見つけ、ありえないことではなさそう。

こうも免疫があるといわれる生後6ヶ月以内に感染症にかかるのは
免疫力が弱いのでは??と思い、保健センターの保健師さんに聞いてみましたが
取り立ててそういうわけでは無いそうで
上の兄妹がいる場合は致し方ない場合もあるとの事。

こうなってみて初めて「ニワスケって病気しなかったんだなぁ」と改めて思ったのです。

そんなこんなの紆余曲折のニワジロウですが
最近、ニワスケもやっていたハンドリガードという自分の手を見て遊ぶ仕草を
見せるようになり、一人でも少し遊んでいられるようになりました。

それまでは起きたら抱っこしてないと泣く子だったので随分と楽になりました。

ニワスケは左手ばっかり見てましたがニワジロウは右が多く、でも左も見てます。

DSC_8065.jpg
DSC_8103.jpg
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by なにわのにわこ
22:52 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

いたずら

ニワジロウ。大分良くなってきましたが生後三週間目くらいから乳児湿疹真っ盛り。
特に頬っぺたがカサカサでブツブツも出たり引いたり…

ニワスケには全く無かった乳児湿疹に不安な気持ちにもなるのですが
生後一ヶ月健診でも「しばらくすれば治る」
地域の保健師さんの新生児訪問でも「しばらくすれば治る」
公園で会うママさん方も「しばらくすれば治る」
スイミングのママさん方も…な判の押したようなリサーチ結果なので
アドバイスに従って洗浄と保湿に勤めて随分と落ち着いてきました。

本日、ニワスケの入園グッズをチマチマと作っておりました。
二人ともやけに静かで好都合だと作業に没頭していたら
ニワジロウが泣き出しました。

で、こんな事になっていました。
コピー (1) ~ DSC_8040

犯人は
コピー (1) ~ DSC_8045
言わずもがなのニワスケ。

最近ブームの恐竜のシールを張ってあげたそうです。
「おしゃれなの」だそうです。

にわこが必死で治療中の乳児湿疹頬っぺたなのに…

と、言いながら
写真を撮るまで敏感乳児湿疹頬っぺたシールを貼りっぱなしにしたのもにわこ。
by なにわのにわこ
20:30 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

兄弟…

コピー (1) ~ DSC_7991
同じポーズで寝ていた。
顔の向き、顎の上がり方まで一緒だった。
兄弟なんだなぁ…
by なにわのにわこ
20:16 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

地震

一昨日、見るともなしにテレビをつけていたら緊急速報が流れて
東北で随分大きな地震との事。しばらくしてから大阪も揺れました。

ニワスケに「お母さんのところにおいで!」と呼び寄せ
ニワジロウはちょうどぐずり対策でスリングに入れて抱っこしていたので
三人でリビングの真ん中で
(落下物がすくなさそう・ニワジロウ抱っこでテーブルの下に入るためにかがめなかった)
身を寄せ合ったのですが
ニワスケは地震で揺れているのもよく分からないようで
すぐに「ぼくはトップハムハット卿(機関車トーマスの鉄道会社の社長)で遊んでるから」
と離れていこうとするので
お母さんが呼んだらすぐ来るように、お母さんが動くなといえば動いてはいけない、と
きつく言い聞かせましたがどこまで分かっているのかは不明…

揺れた瞬間、冷たい手で心臓をつかまれたような気分になりました。

そしてつくづくと「どうしよう…」と思ったのです。

わからんちんの調子乗りのニワスケと首も据わらぬニワジロウ。
この二人を基本的ににわこ一人で守りきれるか…と怖くなったのです。

もちろん守りきる覚悟です。
でも一人の人間の覚悟なんて自然災害の前には朝露ほどの儚さなのは
阪神大震災の被災者として身にしみているのです。

とにかく建物の下敷きになる事を免れたなら
ニワジロウ抱っこ紐、ニワスケ歩き、もしくはおんぶで安全と思われる場所まで行こう。
放りっぱなしだった災害持ち出しリュックを点検して
ニワジロウの着替えとオムツを追加、家にあったチョコレートと飴を入れました。


今、改めて思う事。
にわこは親になったんだという事。

当たり前のことなんですが守りたい者がいるということの重責感に
なんだかザワザワと落ち着かない気持ちです。

阪神の震災の時、にわこは独身で実家で暮らしていました。
もう立派に成人してましたので自分で考えて自分で行動していたつもりでした。

でも親となった今、思うのです。
例えば給水車に水を汲みに行ったりして役に立ってるように思ってたけど
その時間は誰が教えてくれた?水の容器は誰が手渡してくれた?

食料の心配をせずにすんだのは、にわこの町が
比較的救援物資を受けやすい立地だったからだけではないのです。
父や母が大丈夫そうな顔で大丈夫だと笑っていたからなんだと。
もうにわこは自分が不安だからと素直に不安な顔はしてはならないのです。
ニワスケが不安がるから。(ニワジロウはまだ分からないでしょう)

大好きな町が自分の見慣れた姿でなくなること、とても辛い。

神戸の地震のとき、ラジオから流れたニシムラコーヒーの社長さんの言葉。
「神戸にはまだ変わらず六甲山があり海がある」
にわこは大変勇気付けられた言葉ですが
被災地の人たちはきっとまだ背後にいつも見慣れた山があると
見上げる気持ちにはならないでしょう…

被災地の人ににわこができる事はほとんどないのが現状ですが
とにかくにわこがするべきはニワスケとニワジロウの命の確保だと
身を引き締めて冷静にいつもの生活を送ろうと思います。

一応、関東地区住む親族等、皆の無事は確認できました。

地震当日、東京勤務の兄。隣県の家族の待つ自宅まで歩いて帰るとのこと。
やはりわたしら健脚兄妹だと、健脚に育ててくれた親に感謝。

にわこももちろん大阪で被災し、神戸方面が無事と分かれば
20キロ以上離れた実家まで二人を担いで歩くつもりでおります。

災害の前では、あまりに小さな、小さな、願いではありますが
どうか一人でも泣いている人が少なくなりますように。

狭い家でよかったら被災地の子供の2人くらい預かれるように思うんだけどなぁ…
小さな子がいたらなかなか家の復旧作業もし辛いだろうし…

それもこれもとにかく民間人が自宅の復旧に取り掛かれる状態にならないと…
はやくそうなるといいな…
神戸の地震のとき、やっぱり「復興の槌音」って明るい気持ちになりましたもの。

いつも車で通っていた県道の陸橋が修復され、開通になったとき
運転しながら涙が出た気持ち。
あの気持ちを一日も早く感じていただきたいと切に願うのです。
by なにわのにわこ
06:55 | 未分類 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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